家に到着するとまず目に付いたのは蔵の車庫の屋根が崩れていたことでした。
余震の時にやられてしまったそうです。
隣の池は干からびてしまっていて鯉とかアヒルとかもいたのですけど
姿は見えませんでした。

家の中は慌てて飛び出して帰れずに放置といった感じでした。
家具やテレビもそのままの状態で置かれて倒れたりはしてなかったです。
猪かお腹を空かせた犬が家の中に入ってきたのか動物のフンも散乱してました。
祖父と叔父の部屋は雨漏りがひどくて真っ黒になっていました。
正直放射能の影響関係なくこれはもう住むのは厳しいなぁとこの時悟ってしまいましたね。。

押入れに入っていた新品のタオルと小銭、叔母のCDラジカセだけ回収しました。
動物の死骸も埋めてあげました。正直行く前からこれだけは絶対にしておきたかった事
でしたので一応の気持ちの整理は付きました。

その後は先祖のお墓に行くのですが途中で牛に遭遇しました。
先程の看板が思い浮かび、この牛達も泣く泣く見捨てられてしまったのだと。
馬事公苑に戻り、防護服や線量計を返却し、回収したものを使えるかどうか
汚染度を計測し、一時帰宅はこれで終了です。(全てOKでした)
警戒区域にいられた時間は恐らく二時間もなかったですね。
線量計の数値は私を含めて三人が3マイクロシーベルトで一人だけ4マイクロでした。
気になったのは家から馬事公苑は車で15分ほどの距離でそれだけの差なんですよね。
悔しい気持ちになりました。
仮設に戻ったらまず私はCDラジカセを念入りに拭き、使えるかどうかの確認をしました。
テレビも持って帰るかどうか話し合いをしましたが、使えるとしてもこのテレビと同じ部屋に
いるには抵抗があるということで見合わせました。目に見えない恐怖があるのですよね…。
今回の一時帰宅で自分の中で一区切りは付きました。
実家がどうなっているのかこの目で確かめることができましたし、この先また戻ることが
あるのかは分かりませんが…。帰ったとしても何をすればいいのかというのが見つからないのです。
